おもてなし ・ ホスピタリティの哲学
悪いことほど先にいいましょう
お客さまにとって都合の悪い事態になりそうな可能性があると、優秀な執事は、必ず事前にその「不都合の可能性」をお客さまへ知らせるようにしています。
サーヴィス業では、時に不本意ながらもトラブルの芽となりうる事態が発生するものです。
たとえば、スタッフが急病で出勤できなくて人手不足の日に、予想を超える大人数のお客さまが来店し、注文取りや料理出しが遅れてしまうといったケースです。
そんなときに備え、執事は先手を打っておきます。
一例を挙げましょう。
私の会社に所属する執事にはベテランもいれば新人もいますが、その日にお客さまを担当する執事が新人のときは「今回ご担当させていただく執事は経験が浅い」という事情をあらかじめお客さまに伝えておきます。
するとサーヴィスが終わったあとに、
「今日の執事は経験が浅いといっていたけれど、意外ときちんとやってくれたな」
と、お客さまのほうで勝手にプラス評価をつけてくれることがあります。
反対に、その事情を何も伝えなかった場合、もしもサーヴィスに何らかの粗相があったとしたら(あるいは、粗相が何もなかったとしても)、「今日の執事はよくなかったね」という不満が生まれ、クレームにつながってしまう可能性があります。
これを私は「期待値コントロール」と呼んでいます。
お客さまは、サーヴィスに対して何かしらの期待を必ず持っています。
その期待の度合いが高いか低いかで、仮に同じサーヴィスを提供したとしても、お客さまの満足度は変わってくるものなのです。
常に最高のサーヴィスを提供しようと心がけるのはもちろんのことですが、何らかの不都合な事情がありうる場合にサーヴィスへの期待値をあらかじめ下げておけば、結果的にお客さまの満足度を高めることができる……そのテクニックが「期待値コントロール」です。
執事は、過度なサーヴィスを期待されがちな仕事です。
もちろんその高い期待に応えられる伝説のバトラーもいるのですが、そうではないケースのほうが圧倒的に多いのではないでしょうか。
ですから都合の悪いことほど先に伝えて、お客さまの期待値を下げておく。執事にかぎらず、この心がけは大切です。
たとえばレストランで、空調機に少し不具合がある場合。店内の場所によって、空調が若干利きにくい席があるとします。
たいていの人は何も感じませんが、たまたま暑がりのお客さまが座ってしまったら、「この店は暑いね」と苦情が出てしまうかもしれません。
そこでお客さまが席に着くとき、
「申し訳ありません。この席はエアコンが利きにくいことがあるのですが、温度は低めに設定してありますので、ご了承いただけますか」
このようにあらかじめ伝えておけば、「この店員は客のことをちゃんと気遣っているのだな」と好意でとらえてくれるでしょう。
ところが何も伝えずにいて、お客さまが「この席、暑いな」と感じてしまったら、それは即クレームになってしまいます。
また、スタッフが休んで人手不足なのに、予想外に多くの客が来店した場合。
「注文したくてテーブルの呼び出しボタンを押したのに誰もきてくれない」とお客さまが感じてしまえばそれはクレームになりますが、
「今日はお客さまが予想以上に多く、スタッフの数が足りていませんので、ご迷惑をおかけするかもしれません。その際は、店長である私にお声がけください」
と伝えておけば、なかなか注文を取りにこなかったり、料理が出るのが少し遅れてしまったりしても「店長がわざわざそこまでいってくれているから」と、多少のことには目をつぶってくれるでしょう。
期待値を上げておくと、クレームが出る可能性は高まります。
名店と評判のレストランの食事は、その評判のおかげで「やっぱりおいしいね」と思ってもらえることももちろん多いのですが、期待値があまりに高いがために「案外たいしたことないね」と思われてしまうこともあるわけです。
悪いことは、何も伝えないでいるとクレームになりますが、事前に伝えれば「気遣い」となります。
お客さまの満足度をより高くするためにも、「期待値コントロール」を意識し、上手に実践しましょう。
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Category おもてなし・ホスピタリティの哲学 . ブログ 2020.08.29