引きすぎる担当者は、別の理由で外される ―「いてもいなくても同じ人」という評価
営業の失敗といえば、押しすぎることだと思われています。
現場を内側から見てきた立場から申し上げると、引きすぎて外される方のほうが、実は多いです。しかも本人に自覚がありません。押しすぎた人は嫌われた自覚がありますが、引きすぎた人は「丁寧に対応できている」と思っているからです。
そして、静かに担当を外されます。
第1章|「連絡が来ない人」という分類
引きすぎた担当者の行動は、こうです。嫌われることを恐れて提案しない。聞かれたことにだけ答える。耳の痛いことを言わない。
本人の意識では、これは「節度」です。お客様の中では、「連絡が来ない人」と分類されています。
危険なのは、この分類が苦情として表面化しないことです。不満がないから連絡もない。順調に見える。そして次の見直しのタイミングで、静かに外れます。
富裕層のお客様は、そもそも人を否定されません。「もっと来てほしい」とも「来なくていい」とも言われない。沈黙は評価ではなく、判断の保留ですらありません。すでに終わっているだけです。
第2章|三つの型に、はっきり分かれる
| 型 | 行動 | お客様の中での分類 |
|---|---|---|
| 引きすぎた担当者 | 提案しない/聞かれたことだけ答える/耳の痛いことを言わない | 連絡が来ない人 |
| 踏み込みすぎた担当者 | 頻度と勢いで押し切る/断りを受け止めない/自分の期限で急がせる | 売りに来る人 |
| 任される担当者 | 課題起点で深く踏み込む/反対意見も根拠で言う/決断は相手に委ねる | 考えてくれている人 |
三段目が、一段目と二段目の中間にあると思われがちですが、違います。別の軸にいます。
踏み込みの深さでは、任される担当者は踏み込みすぎた担当者と同じか、それ以上です。違うのは踏み込む方向と、最後に決断を委ねる点だけです。つまり、踏み込みを浅くすることでは、絶対にたどり着けません。
第3章|「引く」ことが失礼になる場面
富裕層のお客様、特に同族会社のオーナーは、耳の痛いことを言われ慣れていません。周囲が全員、機嫌を損ねないように話すからです。
その環境で、根拠を持って反対意見を述べる人間は、極めて希少です。私が執事として重宝された理由の相当部分は、ここにありました。
逆に言えば、こちらが遠慮した瞬間、その他大勢と同じ場所に落ちます。遠慮は敬意ではなく、この層に対しては「その程度の関係でよいと判断された」という信号になり得ます。
第4章|では、どこまで踏み込むのか
境界線は、頻度ではありません。動機です。判断基準を一つだけ挙げるなら、これです。
その提案は、こちらの期末と相手の課題の、どちらから生まれたか。
相手の課題から生まれた提案なら、週に一度でも歓迎されます。こちらの期末から生まれた提案なら、半年に一度でも発火します。この構造は 「しつこい営業」と「頼れる担当者」を分けるもの に詳しく書きました。
そして踏み込みの質を担保するのが、次の三点です。
- 反対意見を、根拠とともに言う|「おっしゃる通りです」しか言わない人は、意思決定の役に立ちません。
- 決断は、必ず相手に委ねる|踏み込みと押し付けを分けるのは、この一点です。判断を奪った瞬間に「売りに来る人」になります。
- 買わない提案を、定期的に出す|「今は動かないほうがよい」と言える人が、最終的に信用されます。この層が担当者を評価する最大の指標は、利益にならない行動です。
第5章|沈黙が続いたときが、最も危ない
契約後の経過を、時系列で見ておきます。
- 契約直後|熱心な提案。頻繁な連絡と訪問
- 数か月後|連絡が減る。関心が次の案件へ移る
- その頃|状況が悪い案件ほど、報告しづらくなる
- 同時に|他社の担当者が、その空白に入ってくる
- その後|沈黙が、怒りに変わる
ここで起きているのは、能力の問題ではありません。報告しにくい案件ほど連絡が遅れるという、人間の自然な傾向です。原則は一つです。
報告しにくい時ほど、先に、自分から。
お客様のほうから電話が来た時点で、それはすでにクレームです。
第6章|「感じの良い担当者」を目指さない
富裕層のお客様が担当者に求めているのは、感じの良さではありません。自分の判断を助けてくれるかどうかです。
順調なときの評価は、あてになりません。この層が本当に評価しているのは、困難な局面での姿勢です。悪い報告を自分から持ってきたか。逃げなかったか。
嫌われないことを目標にすると、いてもいなくても同じ人になります。そして、いてもいなくても同じ人は、必要とされません。
よくあるご質問
引きすぎる営業の何が問題ですか。
「いてもいなくても同じ人」と分類され、苦情が出ないまま静かに外されることです。不満が表面化しないため、本人が気づけない点が最も危険です。
富裕層に遠慮するのは、敬意ではないのですか。
この層は耳の痛いことを言われ慣れていません。遠慮した瞬間、その他大勢と同じ場所に落ちます。根拠を持って反対意見を述べられる人が希少であり、価値があります。
どこまで踏み込んでよいか、基準はありますか。
提案が「こちらの期末」と「相手の課題」のどちらから生まれたかです。相手の課題から生まれていれば、頻度は問題になりません。
踏み込みと押し付けの違いは何ですか。
決断を相手に委ねるかどうかです。深く踏み込んでも、判断を奪わなければ「考えてくれている人」になります。判断を奪った瞬間に「売りに来る人」になります。
契約後、いつ連絡が途切れやすいですか。
数か月後です。関心が次の案件へ移り、状況が悪い案件ほど報告しづらくなる時期に、他社がその空白に入ります。報告しにくい時ほど、先に自分から連絡してください。
この内容で研修を依頼できますか。
承っております。富裕層を顧客に持つ営業部門向けに、接触設計とフォロー体制をテーマとした研修を実施しています。
あわせて読みたい
- 「しつこい営業」と「頼れる担当者」を分けるもの ― 正体は、接触回数ではない
- 富裕層のクレームは、なぜ「別物」なのか ― 初動30分が決める20年
- 富裕層ビジネスの原理 ―「最高のサービス」は、なぜ届かないのか
執筆者について
新井直之(あらい・なおゆき)
執事/おもてなし・ホスピタリティ・富裕層専門家・ビジネス書作家。日本バトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長。一般社団法人 日本執事協会 代表理事、同協会附属 日本執事学校 校長。
2008年の創業以来18年にわたり、資産家・企業経営者・著名人のご自宅に執事として入り、日常の一部始終に立ち会ってきました。本稿の記述は、そのすべてが現場での一次的な観察にもとづいています。
著書は累計50万部を超え、台湾・中国・韓国などで翻訳出版されています。代表作に『執事だけが知っている 世界の大富豪 58の習慣』(幻冬舎)、『執事が教える 相手の気持ちを察する技術』(KADOKAWA)があります。
プロフィール詳細 | 著書一覧 | メディア出演・掲載実績 | 富裕層ビジネスの記事一覧