富裕層は、なぜ予定を「空ける」のか ― 執事18年が見た、時間の帝王学

私たちは、スケジュールを埋めようとします。

富裕層の方々は、逆です。スケジュールを空けようとされます。

18年間、執事としてお客様の予定表を預かってきて、これが普通の人との最も根本的な違いだと感じています。しかも、ここが誤解されやすい。空けるといっても、暇を作りたいわけではありません。

本稿は、富裕層の時間の使い方を「時間の帝王学」として整理したものです。資産の話ではなく、生き方の話として読んでいただければと思います。

第1章|時間は、唯一買い戻せない資産である

お金があれば、たいていのことは解決できます。移動も、健康管理も、住まいも、教育も。

ただ一つ、時間だけは買い戻せません。

二十四時間三百六十五日、そして人生という長さ。これだけは、誰にも等しく配られています。資産が一億円でも一兆円でも、一日は二十四時間しかない。

だからこそ、この層は時間の使い方に異常なほど厳格になります。唯一、増やせないものだからです。

では増やせないものを、どう扱うか。ここで二つの道が分かれます。私たちは「効率よく詰め込む」方向に行きます。富裕層の方々は、まったく別の方向に行かれます。

第2章|「自分でなくても回る仕組み」をつくる

彼らがまず取り組むのは、自分の手から仕事を離すことです。

入ってきた依頼、打ち合わせ、判断。そのすべてについて「これは他の人に委ねられないか」「他の人が役割を担えないか」を、ほとんど反射的に考えられます。

そして次々と手放していく。行き着く先は一つです。

自分がいなくても回る仕組みを、自分の手でつくる。

これは執着を捨てているのではありません。むしろ逆で、最も強い意志を持って設計されているものです。手放せば手放すほど、自分にしかできないことに使える時間が増える。そのために手放しておられる。

私が執事として担っている役割の半分は、まさにここです。お客様が自分自身に使える時間を、どれだけ増やせるか。それが仕事の中身です。

第3章|空けた時間に、何をしているのか

では、空けた時間で何をされているのか。

私が驚いたのは、その使い道でした。豪華な遊びではありません。三つに集約されます。

  • 家族や友人との、楽しい時間
  • チャリティーや社会貢献など、自分を満たす活動
  • 自分自身を磨くこと(精神的にも、肉体的にも)

いずれも、他人に委ねられないものばかりです。子どもと過ごす時間を誰かに代行させることはできません。自分を磨く時間も同じです。

つまりこういうことです。委ねられるものを徹底的に委ね、委ねられないものだけを手元に残す。空けた時間とは、その残ったものに使うための時間なのです。

人と会う基準も明確です。会って前向きになれる人、自分を高めてくれる人とは積極的に会う。逆に、そうでない相手には時間を割かれません。冷たいのではなく、時間が唯一買い戻せない資産だと知っているからです。



第4章|「空白予約」という考え方

ここで一つ、私が使っている言葉を紹介させてください。

ある方から「真っ黒なカレンダーが欲しい」と頼まれたことがあります。予定で埋め尽くしてほしいという意味ではありませんでした。誰にも触らせない時間帯を、黒く塗りつぶしておいてほしいという意味でした。

私はこれを 「空白予約」 と呼んでいます。

空白予約とは、予定を入れないことを先に決め、その時間を他者に譲らないことである。

一般に、休みとは「予定がないから空いている時間」です。この層にとって、休みは「予定として先に押さえた時間」です。順序が逆なのです。

だから、月曜の朝から疲れているということが起こりにくい。週末を「余った時間」として過ごしていないからです。この点は富裕層と超富裕層は何が違うのかでも書きました。

第5章|なぜ、遠い未来から今を決められるのか

空白予約ができる理由は、視座の高さにあります。

私は「資産と時間のエレベーター」という言い方をしています。資産が増えるほど視座が上がり、見通せる未来が遠くなっていく。一年先しか見えない人と、次の世代まで見える人とでは、今日の一時間の意味がまったく違ってきます。

先が見渡せるから、目先で一喜一憂しない。逆に、目先しか見えないと、埋めることでしか安心できなくなります。

行動経済学のマラナサン=シャフィールは、欠乏そのものが人の認知の帯域を奪い、視野を目先に縛ると論じました(『Scarcity』2013年)。忙しさは、豊かさの証明ではありません。むしろ欠乏の症状であるということです。

この視座については、執事の視点から紐解く、トップリーダーが持つべき「時間の帝王学」でも詳しく書いています。

第6章|私たちが、明日から真似できること

資産がなければできない話ではありません。構造だけなら、誰でも取り入れられます。

第一に、予定を入れる前に、入れない時間を先に押さえる。空いたら休む、ではなく、休む時間を先に確保する。順序を逆にするだけです。

第二に、自分でなくてもよい仕事を一つ、手放す。すべてを一度に手放す必要はありません。一つずつで構いません。

第三に、空いた時間を「自分にしかできないこと」に使う。ここを埋め戻してしまうと、元に戻ります。家族との時間、自分を磨く時間、他人に代行させられないものに使う。

この三つを回し続けると、時間の質が変わっていきます。私がお仕えしてきた方々が、何十年もかけてやってこられたのは、突き詰めればこれだけです。

第7章|執事という仕事の、二つの役割

最後に、私自身の仕事についても書いておきます。執事の役割は、この文脈で二つあります。

一つは、お客様が自分に使える時間を増やすこと。委ねる先として存在することです。ここは技術と段取りの領域です。

もう一つが、実は難しい。お客様が空けた、その貴重な時間に「会いたい」と思っていただける存在であることです。

一緒にいて楽しい。前向きになれる。この人と話すと、頭が整理される。そう感じていただけなければ、どれほど有能でも、空けた時間の側には呼ばれません。

前者は訓練で身につきます。後者は人格の問題です。私が著書を通じて「相手思考」を書き続けてきたのは、結局のところ、ここに行き着くからです。

よくあるご質問

富裕層は、なぜ予定を空けようとするのですか。

暇を作るためではありません。自分でなければできないことに集中するためです。委ねられる仕事を徹底的に手放し、残った時間を家族・社会貢献・自己研鑽に使います。

「空白予約」とは何ですか。

新井直之が用いている概念で、予定を入れないことを先に決め、その時間を他者に譲らないことを指します。休みは「空いた時間」ではなく「先に押さえた時間」になります。

空けた時間に、富裕層は何をしていますか。

家族や友人との時間、チャリティーなど自分を満たす活動、そして精神的・肉体的に自分を磨く活動です。いずれも他人に委ねられないものばかりです。

資産がなくても真似できますか。

できます。予定を入れる前に入れない時間を押さえる、自分でなくてもよい仕事を一つ手放す、空いた時間を自分にしかできないことに使う。この三つだけです。

忙しいことは、成功の証ではないのですか。

私の観察では逆です。欠乏が視野を狭め、目先に縛るという研究もあります。予定が埋まっていることと、成果が出ていることは別の話です。

この内容で講演を依頼できますか。

承っております。経営層向け・管理職向けに、時間の使い方と意思決定をテーマとした講演を実施しています。講演は90分から、研修形式にも対応しています。


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執筆者について

新井直之(あらい・なおゆき)
執事/おもてなし・ホスピタリティ・富裕層専門家・ビジネス書作家。日本バトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長。一般社団法人 日本執事協会 代表理事、同協会附属 日本執事学校 校長。

2008年の創業以来18年にわたり、資産家・企業経営者・著名人のご自宅に執事として入り、日常の一部始終に立ち会ってきました。本稿の記述は、そのすべてが現場での一次的な観察にもとづいています。

著書は累計50万部を超え、台湾・中国・韓国などで翻訳出版されています。代表作に『執事だけが知っている 世界の大富豪 58の習慣』(幻冬舎)、『なぜかいつも上手くいく人の休みの使い方』(あさ出版)、『執事のダンドリ手帳』(クロスメディア・パブリッシング)があります。

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