おもてなし ・ ホスピタリティの哲学
一流のおもてなしでは、「No」とはいいません
執事は、お客さまの要望に対し、決して「No」とはいいません。
一流のおもてなしは、お客さまの要望をまずは丸呑みにして、その願いを満たすことに全力を尽くします。
お客さまがちょっと珍しいコーヒーを飲みたいといったら、手元にないから「ありません」ではなく、そのコーヒーを売っている場所を探し、買ってきて提供するのがおもてなしの基本です。
ただし、何が何でも「Yes」と応えるわけではありません。
どうしても譲れない場合や、あるいはどう考えても無理な願いもやはりあります。
たとえば、飲食店で「持ち込みの料理を食べたい」とか、ホテルで2人用の部屋しか空いていないにもかかわらず「10人で泊まりたい」と希望されても、それは無理な話です。
「Yes」と応じる必要はありません。
ですがその際に初めからから「No」と答えるのは、やはりいけません。
相手にマイナスの印象を残してしまうからです。
ではどうするか?
じつは、理由を尋ねるのが一番なのです。
なぜこの客はこちらが理不尽と感じるような要望を持っているのか、しっかりとコミュニケーションをとって理由を聞くのです。
そうすれば、お客さまがこちらに意地悪しようという意図で無理な要望を出しているのでなく、事情があることがわかります。
けっして理不尽ではなく、ちゃんと理があるのです。
もちろんなかには意地悪のために理不尽な要望を押しつけてくるお客さまがいることもありますが、ほとんどの場合、無理なことをいい出すお客さまには裏の事情があります。
そして、その事情を聞くことによって、なんらかの代案が出てくるのです。
たとえば、こういうことがありました。あるフグの専門店での話です。
30代の夫婦と小学生の子どもの3人連れが来店して、注文のときに「ハンバーグは置いていないの?」といわれたのです。
フグ屋ですから、通常はハンバーグなど用意していません。
一見すると理不尽な要望ですが、よくよく話を聞くと、
「うちの子はアレルギーがあるのでフグが食べられないの。できればハンバーグをお願いしたい」
ということでした。それならフグ屋にこなければいいのにと考えてしまいますが、その日は奥さんの誕生日で、奥さんはフグが大好物なので、旦那さんはどうしても最高のフグを食べさせたかったというのです。
そういう事情ならばということで、接客のスタッフは料理長と相談しました。
たまたま賄い用に用意してあった鶏肉があったので、アレルギーに影響がなく、子どもでも食べられる唐揚げにして提供したところ、この夫婦には喜んでもらい、子どもも笑顔で食べていたとのことです。
無理だと思われることでも、まず一度は立ち止まって考えてみる。
必要があれば、ほかのスタッフとも相談してみる。
そうすることで、代案となる解決策が出てくることは意外と多いのです。
とはいえ、どうしても要望に応えられないケースはやはりあります。
コンビニで扱っていない商品がほしいといわれても、そもそも扱っていないのですから、売ることはできません。
たとえば赤ちゃん用のミルクがほしいといわれても、一般的なコンビニには置いてありません。すると店員は「置いていません」とすぐに断ってしまいがちです。
そんなときも、ぶっきらぼうに「No」と応じるのは、じつは考えものなのです。
扱っていないことはわかっていても、おもてなしの気持ちがある店員ならば
「少々お待ちください、裏を確認してまいります」
といって、バックヤードを確認しにいきます。
あるいは、確認しにいくフリをするだけでもいいのです。そのうえで、
「申し訳ありません、当店では扱っていません」
と答えれば、客は要望に応えるために店員が努力してくれたと感じるものです。
二人用の部屋しか空いていないホテルのケースでも、10人泊まりたいという要望をフロントで即断るのではなく、その場では「少々お待ちください」といったん受けてから、
「申し訳ございません、今晩は二人用の部屋がひと部屋しか空いておりません。
もしかしたら近くのホテルで空いているところがあるかもしれないので確認してまいります」
と応じることで、この店員は自分のために一生懸命に部屋を探してくれていると印象づけることができます。
無理だと思われる要望であっても、第一の選択は最大限の努力をすること。
おもてなしの気持ちさえあれば、代案として自分たちにできるサーヴィスはいろいろとあるのです。
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Category おもてなし・ホスピタリティの哲学 . ブログ 2020.09.02