おもてなし ・ ホスピタリティの哲学
雨が降っても執事の責任
私は仕事をするときに、常に心に留めている言葉があります。
それは、「雨が降っても執事の責任」というものです。
これが執事のサーヴィス哲学です。
執事になったばかりのころ、あるお客さまのゴルフのラウンドをアレンジしたときのことです。
事前手配から当日同行まで私が自ら担当したのですが、現地で突然雨が降り出しました。
すると大富豪から、
「雨が降ってきたじゃないか。どうしてくれるんだ!」
と、いきなり叱責を受けたのです。
正直なところ、かなり戸惑いました。
どんなに入念な準備をしても、その日の天気など、私の力でどうこうできるものではありません。
とくにそのお客さまは、感情的に当たり散らすようなタイプではなかったので、そんなことを責められるとは想像もしていませんでした。
困惑している私を見て、その方は「そもそも何が君の仕事なんだ?」と問いかけてくるのです。
少し落ち着いて考え直してみました。
ゴルフ場に予約を入れたり、ゴルフクラブを準備したりという仕事は、単なる作業に過ぎません。
私が本来やらなければいけないことは、お客さまが快適な環境で、思う存分ゴルフを楽しめる状態を整えることなのです。
では、快適にプレーしていただくために、私はどうすればよかったのか。
事前に天気予報をチェックしておけば、雨が降る可能性が高いことも予測できたはずです。
ならば、雨に降られない時間帯にプレー時間を調整したり、降水確率の低いエリアのゴルフ場に変更したりできたかもしれません。
キーワードは「想定内」です
これらのことはつまり、「あらゆる物事を想定内にする」ということです。
天候をコンロトールすることはできなくても、いざというときの対応を用意しておくことはできる。
「雨が降っても執事の責任」だという意識を持っていれば、あらゆる事態に備えるべく手を打とうとするものです。
ですから、私はお客さまに商談で使う店の手配を頼まれたら、基本的に複数の店を予約しておきます。
重要な会食であるほど、「その相手と同席しているところを知られたくない」というケースもありますので、万が一、会いたくない相手が来店していても、すぐに別の店に変更できるようにしておくのです。
また、お客さまから突然声がかかった場合の備えもしています。
ときどき地方に住むお客さまから、
「いま、東京の別邸に着いたんだけど、メイドとシェフを頼めるかい」
などと、急なご依頼を受けることがあります。
事前に連絡があれば当社のスタッフを待機させておけますが、そのような突然の依頼ではそう簡単に対応できません。
ただしその場合でも、最低限のサーヴィスは提供できるように、あらかじめ信頼のおけるメイド紹介会社などと連携し、ベテランの方にピンチヒッターをお願いできるような手立てを打ってあります。
おそらく一般的な執事のイメージは、常に冷静沈着、落ち着いてきびきびと対処する姿ではないでしょうか。
実際、どんなアクシデントが起きようとも、「想定内です」とばかりに涼しい顔で対応するのが一人前の執事というものです。
けれど、執事がいつもそんな涼しい顔ができるのは、事前にあらゆる不測の事態を想定して、二の手、三の手を用意しているたまものなのです。
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