おもてなし ・ ホスピタリティの哲学
「おもてなし」で他者との差別化が図れます
いまやサーヴィス業界に限らず、日本全国に「おもてなし」という言葉があふれています。
一般的には、他者に対するきめこまやかな配慮や、心を込めた待遇といった意味で使われているのではないかと思います。
しかし、私のいう「おもてなし」は、このような漠然とした心の持ちようを指しているわけではありません。
おもてなしとは、付加価値を生み、差別化を図るための戦略です。
考えてみれば、顧客ニーズを先取りし、あらゆる事態を想定して手を打つということは、常に業務改善に取り組んでいるようなもの。
これによってミスやトラブルを未然に防ぎ、コストの削減が図れます。
ニーズの変容にも柔軟に対応するので、顧客満足度が向上するだけでなく、リピート率も高まり継続的な売上につながります。
常にお客さまの期待を上回るサーヴィスを提供できるようになれば、競合他社との低価格競争にしのぎを削る必要はありません。
独自のブランド力で真っ向勝負していけばいいのです。
同じことは、個々のサーヴィスパーソンについてもいえます。
マニュアル通りに動ける人はたくさんいますが、お客さまの心に響くサーヴィスが提供できる人は限られています。
おもてなしができる人は、大勢いるスタッフの一人ではなく、お客さまから「○○さん」と直接呼びかけられ、頼りにされるようになります。
これはサーヴィスのプロフェッショナルとして認められ、ほかに替えの効かない貴重な存在になった証でしょう。
それだけではありません。
この仕事のやり甲斐は、決められたことを決められた通りにこなしているだけでは、なかなか感じ取ることができません。
サーヴィスの仕事の醍醐味は、おもてなしを実践して初めて得ることができるのです。
お客さまからの感謝という報酬がございます
私がそれを初めて実感したのは、執事になって間もなく、ある大富豪のご自宅に入ったときのことです。
まだ小さなお子さまのいるご家庭で、日常生活のお世話を任されたのですが、困ったのは夫婦仲が険悪だったことです。
旦那さまも奥さまも、私と2人になったときには、相手に対する愚痴や不満をこぼされるのです。
どう対応したものか悩みましたが、まずは、それぞれのお話を決して否定せずに耳を傾けることにしました。
そのうえで、事実関係については丁寧に説明するよう努めました。
たとえば、「あの人は毎晩銀座通いで、浮気でもしているのではないかしら」と奥さまが夫の愚痴をこぼせば、「新しい仕事先との商談でお忙しいみたいですね」と、「あいつは家のことをおろそかにして出かけてばかりじゃないか」と旦那さまが不満を漏らせば、「お子さんの学校関係のおつきあいで、ストレスをためていらっしゃるようですよ」などと事情を説明するのです。
考えてみれば、他人には見えない双方の事情を正しく把握し、しかも中立的な立場で説明ができるのは、日頃からご自宅に出入りしている執事くらいなものです。
しかも守秘義務を負っているので、どれだけ本音をぶつけても絶対に外部には漏らさないという安心感がお客さまにはあったのでしょう。
ならばそれが私の務めだと思い、双方の不満の吐き出しにとことんおつきあいしました。
そのうちに、お二人とも少し冷静になられたのでしょうか。
一時期は離婚話まで出ていたご夫婦の関係が改善されてきたのです。
ある日、ご夫婦双方から、こんな言葉をいただきました。
「新井さんが来てくれてから、家の雰囲気がよくなった。ありがとう」
その瞬間、経験したことのない幸福感に満たされました。
もともと私は決してサーヴィスマインドにあふれるタイプではなかったのですが、お客さまの喜ぶ顔を目の当たりにすると、「ああ、この仕事をやっていて本当によかった」としみじみと痛感したものです。
どんな業界にもお客さまはいますが、自分が努力した結果、お客さまの喜ぶ顔を目の前で見ることができ、しかも直接「ありがとう」と声を掛けてもらえる仕事は、サーヴィス業のほかに思い浮かびません。
収入やポジション、自分自身の成長や新たな挑戦のチャンスなど、仕事の報酬は様々ありますが、サーヴィスパーソンにとって最大の報酬は、お客さまからの感謝です。
「ありがとう」といわれた喜びが一人ひとりの新たなモチベーションとなり、またお客さまのために尽くして、ビジネスの成果として結実していく。
至高のおもてなしを実践していくと、誰もが幸せになれる好循環が生まれるのです。

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