おもてなし ・ ホスピタリティの哲学 | 「至高のおもてなし」のメカニズムを披露しましょう  

おもてなし ・ ホスピタリティの哲学

相手に伝わるおもてなしには「法則」がございます

 

 

 

ここでは、おもてなしする際に忘れてはいけない「7つの法則」をご紹介します。

 

これは私が100人を超える大富豪と出会い、執事としての経験を積むうちに明らかになってきた法則です。

 

私も執事の仕事を始めたころは、がんばればお客さまはわかってくれる、心を込めれば相手に伝わるとはずだと信じていました。

 

しかし、どんなに心を込めても、よほど相手が敏感な人であるか、そのサーヴィスが見た目にも飛び切りすばらしいものでない限り、すぐに気づいてくれるとは限りません。

 

でないと「たいしたもてなしではない」と判断され、関係を切られてしまう可能性さえあります。

 

そもそも「心を込める」とはどういうことなのか、という根本的な問題も存在します。

 

自分がどんなに心を込めたつもりでも、相手にまったく伝わらないのでは意味がありません。

 

私ひとりなら、時間をかけて試行錯誤を重ねながら、相手が本当に「ありがたい」と感じるサーヴィスを追求していいかもしれません。

 

ですが、執事の会社としてサーヴィスを始めたからには、「心の込め方」を論理的に説明できないままでは新人教育もできず、ビジネスとして成り立ちません。

 

そこで私は、相手に伝わるおもてなしとは何かを常に考えるようになりました。

 

「おもてなし7法則」

 

大富豪はどんなサーヴィスを受けたときに喜ぶかをつぶさに観察し、抽出したのが、次の7つの法則です。

 

① 感情的特別感×論理的特別感の法則

 

② 五感の基本法則

 

③ 初対面一 割増しの法則

 

④ 感謝仕掛けの法則

 

⑤ フレンドリーの法則

 

⑥ 裏切りの法則

 

⑦ 別れ際は山場の法則

 

私はこれを「おもてなし7法則」と名づけました。

 

7法則は、どのお客さまに対しても、心のこもったおもてなしであることをわかってもらうための「具体的な心の込め方」です。

 

初めてサーヴィスするお客さまであっても、この7つの法則を取り入れることで「十分もてなしてもらった」と感じてもらえます。

 

一種の攻略法といってもいいでしょう。

 

私の会社でも、この7法則を活用するようになってから、サーヴィス業の経験がない新人でも、短期間のトレーニングを施すだけで、世界の大富豪が満足するおもてなしができるようになりました。

 

どの法則も、執事やメイドに限らず、すべてのサーヴィス業に共通する法則ばかりです。

 

おもてなし7法則を覚えておけば、いままで提供していたサーヴィスの品質が一段も二段も上がります。

 

それでは早速、一つずつ解説していきましょう。

 

 

 

 

 

【第1法則】

感情的特別感×論理的特別感の法則

―人が何かを判断する入り口は「好き・嫌い」の感情です

 

 

「感情的特別感×論理的特別感」。一見して方程式のようになっていますが、では掛け算になっている2つの要素は何かというと、次のようなものです。

 

(1)感情的特別感

「すごく丁寧に応対してくれた」「特別な気配りをしてもらった」「にこやかな応対でうれしかった」といった、感情に訴えかける特別感

 

(2)論理的特別感

「高級なレストランでもてなしてくれた」「素材にこだわった料理だった」「最新の人気レストランだった」などの、事実にもとづく特別感

 

 

おもてなしに対する満足感は、この2つの要素の掛け算になっています。

 

つまり、どちらかの特別感がゼロ(またはマイナス)であれば、答えもゼロ(またはマイナス)になってしまい、そのサーヴィスに価値はない、ということです。

 

つまり、どちらもゼロ(またはマイナス)にならないことを目指すべきなのですが、ベースとなるのは感情的特別感ということは覚えておいてください。

 

人は、何かいい思いをした体験を話すとき、「あそこのレストランがとてもおいしかった」「あそこのホテルは建物も内装もすばらしい」というように、事実をもとに語るので、論理的特別感のほうが重要と思うかもしれません。

 

しかし、その評価の裏には、語られない大前提が存在しています。

 

つまり、「サーヴィスがすばらしかった」「丁寧な接客で気持ちよく過ごせた」といった、感情に由来する満足感です。

 

接客してくれた人に対し、いい感情(感情的特別感)を持ったからこそ、「(丁寧なサーヴィスで気持ちよく)料理を堪能できた」「(気が利くホテルマンがいるだけあって)あのホテルはすばらしい」という評価が生まれるのです。

 

逆にいえば、サーヴィスが素っ気なかったり、慇懃無礼なものだったりして不愉快に感じると、どんなにすばらしい景色やこだわりの素材を使った料理も、マイナス評価になってしまいます。

 

食通をうならせる三ツ星レストランの高級料理であっても、「世間がいうほどではない」と、料理という事実の部分まで評価が下がってしまうのです。

 

しかし一方で、人はいったん感情的な部分でいい印象を持つと、事実に対していい評価を下すための勝手な理由づけを始めます。

 

たとえば少々古びたホテルが「(落ち着ける)昔ながらのたたずまい」、質素な田舎料理「(素朴さが好ましい)素材を生かした味わい」というふうに、事実をいい方向に書き換えるのです。

 

このように、人は思った以上に感情的なものに左右されています。

 

もっとわかりやすくいえば、「好き・嫌い」をもとに判断しているのです。

 

つまり、おもてなしの第一歩は「相手に好意を持ってもらうこと」といえます。

 

大きな判断ほど、最終的には好き・嫌いの感情がモノをいいます

 

損得が絡むビジネスの現場でも、好き・嫌いの感情が働いています。

 

たとえば契約を交わす場面では、お互いに条件を詰めたうえで、最終的に「この会社の担当者となら、これからもうまくやっていけるだろう」と判断するでしょう。

 

また就職の面接なら、能力やスキルを把握したうえで、「この若者なら一緒に仕事できそうだ」という気持ちが採用の決め手になるでしょう。

 

大富豪の場合はさぞかし損得勘定が大きいのではないかと思われるかもしれませんが、意外にも「この人は信頼できそうだから、ビジネスパートナーになろう」とか「この人となら、やりがいのある仕事になるだろう」といった感情的な判断をもとに、大きなビジネスがスタートすることは少なくありません。

 

もっといえば、何かの機会に意気投合し、「この人とは気が合うから」といった単純な好き・嫌いから、ビジネスが始まることさえあるのです。

 

個人の場合でも、感情が判断の基準になっているケースは多いでしょう。

 

たとえばマンションの購入です。

 

一生に一度の大きな買い物ですが、価格以外のすべての条件がまったく同じマンションがあったとしても、「こっちのほうが坪単価で1000円安いから得だ」といって購入を決める人はいないはずです。

 

ある程度、似たような条件のマンションを比較検討したうえで、最後は「モデルルームにいた担当者の感じよかった」とか「この人が勧めるなら間違いなさそうだ」といった印象で購入を判断するのではないでしょうか。

 

いつもより少しランクの高い飲食店に行くときも同じです。

 

「今日はお祝いだから、ちょっと高級な店で食事しよう」「プロジェクトの打ち上げだから、いつもよりいい居酒屋にしよう」といった場合です。

 

「あそこは店員の感じがいいから」「この店なら何かと融通を利かせてくれるから」といった、好ましい印象を抱いているかどうかが決め手になるのではないでしょうか。

 

同僚とちょっと一杯の居酒屋なら、サーヴィスは少々雑でも安さが取り柄の店でもかまいませんが、特別な食事では「せっかくお金を払うなら、不愉快な思いはしたくない」という気持ちが大きくなります。

 

最低限の礼儀が「ビジネスマナー」です

 

このように、サーヴィスに対する評価のベースが好き・嫌いであると考えると、サーヴィス業に就く人がまず気をつけなければならないのは、相手から嫌悪感を持たれないことです。

 

新入社員が会社に入って最初にビジネスマナーを学ぶのは、まさにそのためです。

 

電話の応対や名刺の渡し方、接客業だったらおじぎの角度や「いらっしゃいませ」の発声など。

 

なかには「なんのためにこんなことをやらなければならないのか」と思う人もいるでしょうが、これも「相手に嫌悪感を抱かれないための最低限のマナー」を身につけるためなのです。

 

私も自社で執事やメイドを採用する場合、相手から嫌われない人材をそろえることを目指しています。

 

採用面接でも、まずは「嫌われない」人かどうかを重視します。学歴や職歴などのスペックも参考にしますが、最終的には「顔・性格・身なり」で判断します。

 

誤解のないようにいっておきますが、顔といっても、美男美女ということではありません。

 

柔和で人のよさそうな、誰からも「この人、いい人そうだな」と思われる顔かどうかがポイントです。

 

少なくとも目つきが鋭く、眉間にしわの寄ったような険しい顔つきの応募者は、どんなに立派な経歴でも、その場でなるべくお引き取り願うようなこともあります。

 

顔つきだけでなく、押しの強い性格や、派手なファッションの人も好ましくありません。

 

TPOをわきまえた身だしなみができ、相手の言うことを素直に受け入れられ、いつも穏やかでいられる人が適しています。

 

大富豪にお仕えする執事やメイドは、完全な裏方として振る舞える人でなければ務まりません。

 

自己主張したい人には不向きな仕事なのです。

 

一度や二度の面接で心の奥までわかるとはいいません。

 

しかし、表情にはその人の性格や生き方が何かしら現れるものです。

 

私も以前は、職歴や学歴を見て採用していましたが、採用後の仕事ぶりとあまり関係がないとだんだんわかってきました。

 

そこであるときから、会ったときの「この人、いい人だな」という印象を大切にするようにしました。

 

すると、採用後も、面接のとき感じたとおり、私の話もよく聞くし、とても真面目に仕事に取り組んでくれて、大富豪からも好まれるケースが増えてきました。

 

サーヴィスをする相手が大富豪という点で、執事やメイドは少々特殊なのかもしれませんが、サーヴィス業に向いている人を採用したいと思うなら、職歴よりも面接での印象を大切にしたほうがいいのは同じだと思います。

 

サーヴィス業は顔が大事というと、「私は生まれつき恐い顔といわれるから、サーヴィス業に向かないのか」という人がいるかもしれませんが、そうではありません。

 

要は、どんなことに喜びを見出すタイプかということです。

 

自分で何かを達成するより、自分が何かを提供することによって誰かが成功したり、幸せな気持ちになったりすることが一番の喜びであると思える人はサーヴィス業に向いています。

 

そして、そんな心持ちで日々を過ごしている人なら、だんだんと表情も柔和になっていくのではないでしょうか。

 

サーヴィスは足し算でなく、掛け算であることを知りましょう

ここまで感情的特別感を中心に話を進めてきました。

 

サーヴィスに好印象を持ってもらう入口が「感情」にあるからです。

 

しかしこの章の冒頭にも書いた通り、この法則は感情的特別感と論理的特別感の掛け算なので、どちらかがゼロ(またはマイナス)だと答えもゼロになってしまいます。

 

つまり、感情にベースを置きながらも、提供する商品にも気を配らなければいけません。

 

肝心の料理や空間の雰囲気がゼロだったら、三ツ星クラスのサーヴィスで提供したとしても、答えはやはりゼロになってしまうからです。

 

逆にいえば、提供する商品のクオリティを1から2に上げれば、全体のサーヴィスに対する満足感はプラス1ではなく×2、3になれば3倍になります。

 

掛け算のいいところは、ちょっと数字が増えるだけで、答えが思いのほか大きくなる点なのです。

 

まずは感情的特別感と論理的特別感のどちらもゼロにしない。

 

そのうえで、両方の特別感のランクを、1でも2でも上げることを目指しましょう。

 

 

 

 

【第2法則】

五感の基本法則

―レベルの高いおもてなしは、五感をフルに活かします

 

 

これは、人間が持っている5つの感覚――視覚・触覚・嗅覚・聴覚・味覚――にうまく訴えかけて、サーヴィスのレベルを上げる法則です。

 

お客さまをおもてなしするために、おいしい料理や気持ちのいい空間を用意することは誰でも考えますが、さらに五感を意識した演出を心がけると、よりレベルの高いおもてなしを実現できます。

 

執事も常に五感を意識して、おもてなしをしています。

 

ここでは執事の手法を例にとりながら、おもてなしの際に五感がどのような働きをするか、そしてどんなおもてなしなら五感にうまく訴えかけられるのかを説明しましょう。

 

「視覚(見る)」。明るく気持ちのいい玄関で、おもてなしの気持ちを表します

 

誰かの自宅に招かれたとき、最初に視覚に入るのが門や玄関です。

 

一番先に目に入る場所ですから、それが後々の印象に影響をあたえます。

 

たとえば初めてのお宅にうかがったときに、玄関の雰囲気から、その家の主の性格を感じることがあります。

 

玄関に入ったとたん空気まで重々しく感じるときは、厳格で重々しい性格の人かなと思いますし、なんとなく和んだ感じのする玄関だと、フレンドリーな性格の人だろうかと思いめぐらします。

 

執事はこのような視覚からくる人の感じ方を理解し、大富豪が初めてのお客さまを自宅にお迎えするときは、玄関にはとくに気を配ります。

 

センスのよさが現れるお花や置き物の選び方も大切ですが、それ以上に気を遣っているのが照明です。

 

玄関に自然光が入ってこない場合や、照明が暗い場合は「もう少し玄関を明るくしませんか」と提案し、昼間でも照明をつけっぱなしにしたり、明るい照明に取り換えたりします。

 

さらに明るい色合いの花を飾り、あたたかな感じの空間をつくりだします。

 

玄関が暗いと、やはり「これからおもてなしされるのだ」という気持ちにはなれません。

 

演出効果として通路などをかなり暗くしている飲食店などもありますが、お客さまにくつろいでいただくためのおもてなしと考えると、ほどよく明るいほうが、お客さまは気持ちよく感じるのではないでしょうか。

 

高層ビルの上階にある高級ホテルなどに行くと、空間のつくり方がとてもうまいと思います。

 

エレベーターでエントランス階に着き、扉が開くと、そこには広々としたフロアが広がり、大きな花瓶に活けられた美しい花やセンスのいいオブジェが視界に飛び込んできます。

 

それらがきらびやかな照明に照らされているのを見ると、これから過ごすすばらしい時間への期待が膨らみます。

 

華美に装飾する必要はありませんが、訪れた人がホッとでき、「ここにいる人はセンスがいいな」と思えるような玄関のしつらえを、視覚の効果として考えることが大切です。

 

「触覚(触る)」。見落としがちですが、意外と重要なおもてなし要素です

 

おもてなしで「触る」とはなんだろうと思われるかもしれませんが、レベルの高いサーヴィスを提供するためには重要な要素です。

 

たとえば飲食店で、お客さまが最初に手にする「おしぼり」です。

 

高級なレストランほど、細い番手糸を使ったなめらかな肌触りの、高級なハンドタオルを使っています。

 

執事も、お客さまにお茶を出すときに一緒に出すおしぼりは、高級なタオルを使用しています。

 

間違っても、安い居酒屋にあるようなビニールに入ったままのおしぼりは使いません。

 

ビニールを開けたとたん、ちょっとこもったような匂いがすると嗅覚にもマイナスイメージです。

 

ほかに体に触れるものでは「スリッパ」もあります。

 

中級クラス以上のホテルでは使い捨てのスリッパを使用しているところが多いですが、高級ホテルともなると、使い捨てと思えないほど履き心地がいいものを用意しています。

 

大富豪のなかにも来客用に、歩くのが楽しくなるようなふわふわな感触の、一足何万円もする高級スリッパを揃えている方がいます。

 

触覚によるおもてなしといえば、格式のある日本旅館や料亭などの、玉砂利を敷き詰めた通路や庭園もその一つといえます。

 

足裏に玉砂利の感触を感じながら歩くと、いかにも日本文化に包まれている気がして心が落ち着きます。

 

カシャカシャという音も耳に心地よく響きます。

 

普通のお店や自宅で玉砂利を敷いたり、一足何万円もするスリッパをそろえたりするわけにはいきませんが、季節に合わせてスリッパの素材を変えるなど、触感をちょっと意識するだけで、よりグレードの高いおもてなしが可能になります。

 

「嗅覚(香り)」。「どんな匂いか」より、まずは「不快な匂いを消す」ことが重要です

 

匂いの演出で一番重要なことは、じつは「匂わない」ことです。

 

どこの家にも、その家特有の匂いがあります。料理の匂いやタバコの匂い。いい匂いもあれば、不快な匂いもあります。

 

大富豪の家も例外ではありません。

 

わざわざ応接間を2つ設けて、タバコを吸うお客さま用と吸わないお客さま用で分けている家もあります。

 

一般の家庭ではそうもいかないので、やはり「いかにして不快な匂いを消すか」が大切になります。

 

いまは性能のいい消臭スプレーや空気清浄器もあるので、それを利用してもいいでしょう。

 

執事のテクニックを披露すると、脱臭効果のある木炭の利用があります。

 

風情のある竹のカゴに大ぶりな木炭を盛れば、ちょっとセンスのいい装飾にもなります。

 

また、お客さまが来る前に、ミントオイルを垂らした水でモップを絞って床を拭いておくこともあります。

 

ハーブによっては少し日本人にはきついと感じる匂いもありますが、ミントや柑橘系の香りはあまり好き嫌いがなく、とくに暑い季節は清涼感のある香りとして好まれます。

 

さきほどのおしぼりにも、ほんのちょっとミントの香りをふくませ、爽やかさを演出することもあります。

 

ミントのように、不快な匂いを消し、同時にいい香りを漂わせる方法はほかにもあります。

 

香りのよい花を活けるのもそうですし、海外に行くと、よくホテルの客室のテーブルに果物が乗っていますが、あれもまた「どうぞ召し上がってください」ということと同時に、果物の芳香で室内の匂いを消しているのです。

 

ただし、ユリのような香りの強い花は避けたほうが無難です。

 

匂いは鼻から入って脳に直接働きかけるため、強い香りほど、人によって好き嫌いがはっきり分かれてしまうからです。

 

お香やディフューザーを使う場合も、香りの種類や強さには気をつけてください。

 

香りはあくまでもほんのりと、が基本です。

 

「聴覚(聞く)」。低く流れる音楽が周囲の雑音を消し、くつろいだ気分になります

 

人は、音がまったくしないより、いくらか音があったほうがリラックスできるものです。

 

静かで何も音のしない場所では、近くを歩く人の足音や話し声、自分の腕時計の音などが気になり、かえって緊張感が増して落ち着かない気分になってしまいます。

 

そこで控えめな音量で、環境音楽やゆったりとしたクラシック音楽などを流しておくと、意識がそちらに向かい、雑音が気にならなくなります。

 

実際に、ある大富豪のご自宅で、その方が在宅しているときは環境音楽をかけるようにしたところ、「いままでよりリラックスして過ごせるようになったよ」と喜んでもらえました。

 

控えめな音楽で雑音を忘れさせる効果は、大勢の人が集まるパーティ会場などでも使えます。

 

じゃまにならない程度の音楽が遠くの人の話し声を遮ってくれるので、隣の人との会話に集中できるのです。

 

「味覚(味わう)」。こだわりの部分を説明されると、味に集中できるようになります

味覚に訴えかけるのは、いうほど簡単なことではありません。

 

食を仕事にしているような人はともかく、普通の人の味覚はそれほど敏感ではないからです。

 

しかしそのおもてなしのために用意したせっかくの料理ですから、しっかり味わって欲しいし、評価してもらいたい。

 

そこで、誰もが味に集中し、「おいしい」と感じてもらうための工夫が、第一章でも触れた「言葉による仕掛け」です。

 

たとえば、ただ、

 

「烏龍茶でございます」

 

と出すのではなく、

 

「台湾の高山烏龍茶です。希少価値の高い茶葉を取り寄せたもので、ほのかな甘みをお楽しみください」

 

と一言添えると、それだけでお客さまは、特別な烏龍茶を味わっているのだと思います。

 

「確かに、微かな甘さが何ともいえないね」

 

と満足する人もいるでしょう。

 

一言添えるといっても、すべての料理を詳しく説明する必要はありません。

 

最初から最後まで口上を述べていては、くどくなってしまいますし、かえってどの料理も相手の印象に残らなくなってしまいます。

 

その日のために手間暇かけてつくった料理、特別なこだわりのある素材などに絞って説明すればいいのです。

 

気の利いた一言は、料理をおいしくする最後のスパイスです。

 

少々極端なことをいえば、こだわりの部分を説明しないのは、相手の楽しみを奪ってしまうことにもなりかねません。

 

ホームパーティーでも、メインの料理を出すときに、

 

「この前、お店のシェフに教わった特別なつくり方でやってみたの」

 

などというだけで、お客さまは喜び、そこから会話も広がるでしょう。

 

ただし、セリフの長さやタイミングには注意を払わなければいけません。

 

お客さま同士で会話が弾んでいるところへ割り込んで、長い説明をすると、相手は興醒めしてしまうでしょう。

 

そんなときは本当に一言、

 

「当店自慢の熟成肉を使ったハンバーグです」

 

などと、さらっといって終わりにします。

 

お客さまの様子をよく見ながら、セリフの長さやタイミングが適切に見極められるように気を配れるように心がけることが、優れたサーヴィスパーソンには必要です。

 

チェックシートで、五感のおもてなしに漏れがないかをチェックしましょう

 

おもてなしの演出では、五感のうちのいくつかの感覚を同時に刺激するケースが少なくありません。

 

たとえば、ホテルのロビーに飾られる生け花は、視覚だけでなく嗅覚にも影響をあたえます。

 

また、レストランで提供される料理なら、味覚、嗅覚、視覚と3つの感覚に訴えかけます。

 

それだけに準備万端整えたつもりでも、どこかに抜けや漏れがあるかもしれません。

 

そこで、馴れないうちはチェックシートをつくって、五感をまんべんなくカバーしているか確認するのも一つの方法です。

 

5つの感覚のなかで欠けているものはないか。あるいは、これをひとつ入れ替えるだけで、2つの感覚を同時に刺激できると気づくかもしれません。

 

このような発想で、五感を楽しませるおもてなしの準備をする習慣をつけておけば、そのうちチェックシートがなくても行き届いたおもてなしができるようになるでしょう。

 

 

 

 

【第3法則】

初対面一割増しの法則

―記憶に残るおもてなしの演出は、

初対面でやるからこそ効果があります

 

 

人の印象は、かなりの部分が初対面で決まります。

 

ですから、サーヴィスパーソンにとっては、最初の〝出会い方〟が肝心です。

 

ほかとは違う、ちょっと気の利いたことができれば、相手に強く印象づけることができるはずです。

 

執事も、大富豪の家で初めてのお客さまを迎えるときは、第一印象を強く意識しています。

 

たとえば、お客さまにお出しする飲み物です。

 

初めてお会いするので、その方がどのような好みかわかりません。

 

そこで、コーヒー、紅茶、日本茶くらいは最低限用意しておきます。

 

「そのくらいならやっている」という人がいるかもしれません。

 

しかし温かい物と冷たい物まで用意しているといったらどうでしょう。

 

執事は、

 

「コーヒーか紅茶、日本茶のどれにいたしますか。温かいのと冷たいのではどちらがよろしいでしょうか」

 

と、お客さまの要望をうかがうのです。

 

さらに、

 

「お好みでハーブティーや、ほかのソフトドリンクもおおつくりいたします」

 

とつけ加えることができれば、間違いなく誰もが驚き、喜んでくれます。

 

「まるでバーみたいだね。お酒もあるの」

 

と聞かれ、

 

「簡単なものならご用意できます」

 

と答えることができれば、一気にお客さまの心をつかむことができるでしょう。

 

このように、お客さまが初めてみえるときは、飲み物の種類を多めに用意しておくと、その方の好きなものに当たる確率が高くなります。

 

二度目のときは、すでにその方の好みがわかっているので、お好きな飲み物を中心に揃えておけばいいでしょう。

 

さらに、飲み物に添えて、「五感の基本原則」で紹介した、ハーブの香りがする手触りのいいおしぼりをお出しすると、いっそう好感度が上がります。

 

もちろん、それだけの準備には時間が必要ですし、大富豪の自宅にふだん備えていない飲み物を買うためのお金は自分の持ち出しになるかもしれません。

 

しかし、お客さまから大富豪に「おたくの執事は気が利くね」といってもらえれば、大富豪もうれしいし、執事への評価も上がります。

 

お客さまの初めての訪問は、それだけチャンスに満ちているのです。

 

会社や普通の飲食店でも、インパクトのある初対面の演出は可能です

普通の会社やお店では、さすがに何種類もの飲み物を用意することは難しいと思います。

 

しかし、ちょっとした配慮で「ほかとはちょっと違う」という印象を与えることはできます。

 

一般の会社でも、たとえばお客さまがオフィスに来る約束の時間になったら、エレベーターの前でお待ちするのはどうでしょう。

 

毎回となると、少々くどいと思われるかもしれませんが、初めての訪問で、あきらかに自分を待ってくれていたとわかれば、相手はちょっと感動してくれます。

 

また、飲食店なら予約のお客さんの名前を呼ぶと、よい印象を与えられると思います。

 

うちは「高級店でもないから無理」と考えるサーヴィスパーソンがいるかもしれませんが、そんなことはありません。

 

これは私の経験ですが、予約していた居酒屋に入ろうとしたところ、店員が、

 

「新井さまですね」

 

というのです。

 

外でスタッフがチラシ配りをしているくらいですから、ごく一般的な居酒屋です。

 

当然、そこまでのことは期待していなかったので、名前を呼ばれたときは驚きました。

 

席に着いてから、

 

「なぜ、私の名前がわかったのですか」

 

と尋ねたところ、その時間に予約していたのは私だけだったからという、ごく単純な理由でした。

 

聞けばもっともな話なのですが、その店では何時に誰の予約が入っているかをスタッフ全員が把握しているということです。

 

できそうで意外に難しいこの答えを聞いて、私は「この店はいいスタッフが揃っている」という印象を持ったものです。

 

このように、初対面でインパクトを与える演出はいろいろ考えられます。

 

共通していえるのは、どのような演出であっても、最初の出会いだからこそ、驚きが大きく記憶としても残るということです。

 

同じことを2回目、3回目に会ったときにやっても、初回ほどの効果は出ません。

 

初対面の効果は2回目に比べ、少なくとも「一割増し」、いえ、やり方次第では二割増し、三割増しにもなるはずですから、さらに工夫するといいでしょう。

 

 

 

 

【第4法則】

感謝仕掛けの法則

―「ありがとう」を待つだけでなく、

引き出す仕掛けづくりもおもてなしにつながります

 

 

サーヴィス業は決して楽な仕事ではありません。

 

一生懸命サーヴィスしてもそれと気づいてもらえないこともあれば、ちょっとしたミスでお客さまに怒鳴られることもあります。

 

またサーヴィス業は、長時間労働の割には収入がそれほどよくない産業の代表格ともいわれます。

 

それでも多くの人たちがサーヴィス業に就いているのは、お客さまの笑顔と、「ありがとう」という感謝の言葉に接したときの喜びに勝るものはない、と思っているからではないでしょうか。

 

お客さまの笑顔があふれ、「ありがとう」と言ってもらえるおもてなし。

 

それこそが、多くのサーヴィスパーソンが目指しているものであり、そのために日々努力していることと思います。

 

ただ、お客さまにこちらのおもてなしを察してもらい、お客さまのほうから「ありがとう」といってくれるのをじっと待ちながら仕事するのは、なかなか辛いものです。

 

押しつけがましいサーヴィスは好ましくありませんが、さりげないサーヴィスは、わかる人にしかわからないという欠点があります。

 

そこで、お客さまから「ありがとう」の言葉を引き出す仕掛けをつくっておくといいでしょう。

 

そうすれば、感謝の言葉が毎日のやる気につながることは間違いありません。

 

私はある経験をしてから、感謝を引き出す仕掛けが大事だと思うようになりました。

 

それは、私がときどき行く大衆的な食堂での経験です。

 

テーブルに着くと店のおばさんが、ビール会社のロゴ入りのよくあるコップに水を注いで持って来てくれます。

 

そして注文した定食が来るまでの間、「新井さん、最近、仕事はどう」などと話しかけながら、頻繁に水を注ぎ足してくれるのです。

 

おばさんが話しかけたり水を注いでくれるたびに、私も「なかなか来られなくてすみません」などと言いながら、「ありがとう」とか「すみません」と口にします。

 

頻繁に注ぎ足してもらうのを申し訳なく思ったこともあります。

 

グラスを大きいものにすれば、何度も注ぐ必要はありません。

 

いっそピッチャーをテーブルに置くようにすれば、歩き回らずに済んで楽なのに……。と、そこまで考えてはハタと気づきました。

 

もしかしたら、この小さなコップを使っているのはお店の作戦かもしれない、と。

 

おばさんは何度でも気持ちよく水を注いでくれ、こちらもそのたびに「ありがとう」と答える。

 

何度も「ありがとう」をいううちに、「この店は自分がとても感謝しているいい店だ」と、半ば暗示にかかっているかもしれないと思ったのです。

 

もちろん、作戦であったとしても、私は「ありがとう」ということは嫌ではありませんし、おばさんが私の感謝の言葉で、またサーヴィスしたいという気持ちになってくれているのなら、何度でも「ありがとう」をいおうと思いました。

 

そんな関係が気持ちのいいサーヴィスにつながっているのです。

 

宴会でお酌しあうのも、お互いの感謝の気持ちを積み重ねる日本の文化です

 

日本の宴会の場にも、感謝の気持ちのやり取りで場の雰囲気をよくする文化があります。

 

徳利を持って席を移動しながら、その場にいる人たちとお酌しあう習慣です。

 

飲むだけなら大きなグラスでもいいのに、みんなが小さなお猪口やぐい飲みを手にし、お互いにお酌してまわるチャンスをたくさん用意しています。

 

私はこの日本独特の習慣も、相手の感謝を引き出す仕掛けだと思っています。

 

「ありがとう」と同時に、「この人は自分に関心を持っているからお酌しに来てくれた」と親しみを抱いたり、会話の糸口となったりして、関係性を深める機会になるのです。

 

もちろんお猪口やぐい飲みが小さい訳は、それとは別に本当の理由があるとは思います。

 

でも人と人の距離を縮めるには、なかなか粋な小道具だと思います。

 

サーヴィスパーソンがお客さまから「ありがとう」をいってもらうための仕掛けは、ほかにもあります。

 

高級な店ほどメニューに詳しい説明がないのもその一つです。

 

お客さまは「この〇〇風っていう料理はどんなものですか?」と訊ね、スタッフの説明を聞いて感謝すると同時に、その説明がうまければ「ホールの係なのにシェフがつくる料理の詳細もきちんとわかっていて、すばらしい」と感心するでしょう。

 

アミューズメントパークのなかには、あえてトイレの場所をわかりにくくしているところもありますが、これもまた一つの仕掛けだと思います。

 

空間演出の都合上、トイレのマークが目障りだからという理由もあるでしょうが、尋ねられたスタッフがトイレの場所をわかりやすく説明し、ときには入り口まで誘導してくれると、誰もがその応対に感謝します。

 

わざわざトイレまで連れて行ったり、時間をかけて料理の内容を説明したりするのは、めんどうと考える人もいるでしょう。

 

しかし、少し手間や時間をかけるだけで、お客さまは「あそこの接客はとても気持ちいいから、また行きたい」と思うはずです。

 

執事も仕事のなかで、こうした感謝の仕掛けを利用しています。

 

たとえば応接室の入り口近くに洋服掛けがあると、お客さまは勝手に上着を掛けてしまいます。

 

ですから洋服掛けは別室に置き、必ず執事が客さまの上着を預かるようにします。

 

お帰りの際も「ただいまコートをお持ちします」といって、着るのをお手伝いします。

 

たったこれだけで、来たときと帰るとき、2回の「ありがとう」が引き出せるのです。

 

自分の手間暇が介在する余地を残しておくことが大切です

一般のビジネスマンでも、「ありがとう」を引き出す仕掛けを工夫することはできます。

 

多くの方は、企画書は懇切丁寧に、わかりやすくつくることが大切と思っていることでしょう。

 

しかし本当に優秀な営業マンは、あえて核心部分をわかりにくくしたり、そこそこの内容で止めておいたりします。

 

そして、

 

「さきほどお送りした企画書、少々わかりにくい部分があるので、ご説明にうかがいます」

 

と言うのです。相手は「わざわざ来てくれてありがたい」と思い、訪問した営業マンを「丁寧で誠実だ」と評価するでしょう。

 

私もセミナー講師を頼まれたときに使う資料は、わざとすべてを書き込まないようにします。

 

キーワードだけをポンポンと載せておくのです。

 

聴講した人が持ち帰って読み直してもわかるようにという親切心から、すべてを書いてしまうと、講演を聞くより読むほうに夢中になってしまい、質疑応答になっても質問が出てきません。

 

その点、資料をキーワードだけにしておくと、必ず「この部分聞き逃したんですが、こういうことでいいんですか」といった質問が出てきます。

 

そこでもう一度説明すれば「ありがとうございました。よくわかりました」といってもらえます。

 

さらに、講演の最後には必ず「わからないことがあればいつでもメールをください」とつけ加えるようにしています。

 

すると必ずメールが来るのです。

 

人の記憶は完全ではありませんから、キーワードしかない資料を読み返しても、忘れてしまったことや改めて疑問に思うことがたくさん出てきます。

 

質問のメールに対して私が答えると、そこでもう一回、感謝の言葉をもらえるというわけです。

 

このように、相手の感謝の気持ちを引き出すには、丁寧でわかりやすい資料を用意するより、もう一度会って説明したり、メールをやり取りしたりするといった、自分の手間が少しでも介在する余地を残しておくことが大切です。

 

それによって「わざわざ来てくれた」「こんな質問にも答えてくれた」と、感謝の気持ちがうまれるのです。

 

たしかに、仕掛けなどしないで、「ありがとう」といってもらえるまで必死にがんばることは尊いと思います。

 

しかし、それと気づかれないかたちで感謝を引き出す仕掛けをつくっておけば、サーヴィスをつづけるモチベーションになるのですから、重要なテクニックだといえるでしょう。

 

 

 

【第5法則】

フレンドリーの法則

―フレンドリーな関係を築くには

「笑顔」と「敬語」が重要です

 

 

サーヴィス業では、できるだけ短時間でお客さまの気持ちを惹きつけなくてはなりません。

 

その理由を私の会社の例で説明しましょう。

 

私たちは、大富豪に対し、定期的に執事やメイドの満足度を尋ねるアンケートをおこなっています。

 

それを見てわかったのは、長く関係が続いているケースほど、あきらかに執事の評価が高いということです。

 

それだけ聞くと、長くおつきあいするうちに適切なサーヴィスができるようになったのだろうと早合点してしまうかもしれません。

 

たしかに、人は一度や二度会っただけの人より、個人的な関係ができている人を好ましいと思うものです。

 

しかし、大富豪とその執事、あるいはメイドが長いつきあいに発展した訳を探ってみなければいけません。

 

最初から長く続くとわかっている人間関係など存在しません。

 

お客さまの満足度がとくに高い執事とメイドにヒアリングしてわかりましたが、大富豪のところへ出入りするようになった早い時期から、相手の好みや価値観を把握し、それに合ったサーヴィスを提供するように心がけていたのです。

 

執事と違って、一般のサーヴィス業では、お客さまとのつきあいは一回きりになると予測できること多いでしょう。

 

そうであっても、最初の出会いで相手との距離を縮めることができれば、二回、三回と顔を合わせる間柄になるかもしれません。

 

会う回数を重ねるうちによりいいおもてなしができるようになり、評価も高まる……。

 

だからこそ、短時間で相手との距離を縮め、いい印象を持ってもらうことが重要なのです。

 

相手が笑顔で楽しそうだと、自分も楽しい気分になり、印象もよくなります

 

そこでこの章の「初対面一割増しの法則」では最初の出会いを印象的なものにし、「感謝仕掛けの法則」では相手に「ありがとう」をいわせる仕掛けづくりについて解説してきたのです。

 

どちらも短い時間で相手との距離を縮めるためのテクニックです。

 

しかしもう一つ、重要な法則があります。

 

それがこの「フレンドリーの法則」です。

 

フレンドリーの法則で要になるのが、ありきたりですが「笑顔」です。

 

ふだんの生活でも、初めて会った相手が笑顔だと、「この人はフレンドリーで親しみやすそうだ」と感じます。

 

また、社員みんなが笑顔で働いている会社に行くと「活気があって風通しがいい会社だ」と思うはずです。

 

たとえサーヴィスのレベルが同じでも、笑顔があるかどうかで親しみやすさが断然違ってきます。

 

これは「ミラー効果」といって、目の前にいる人が楽しそうだと、無意識のうちに自分もその雰囲気に同調するからだそうです。

 

キャビンアテンダントの場合、最初に笑顔でお客さまをお迎えするかどうかでクレームの件数がまったく違うそうです。

 

神妙な顔でお迎えするより、笑顔で「こんにちは」と迎えると、クレームの数が圧倒的に少ないといいます。

 

笑顔は第一印象がよくなるだけでなく、クレーム予防にも役立つのです。

 

これで、接客業が、入ったばかりのスタッフに笑顔の訓練をさせる理由が理解できたことでしょう。

 

読者のみなさまのなかにも、新人研修で割り箸を口にくわえて、口角を上げて笑う練習をしたことがある人が多いと思います。

 

しかし、入社から年月が経ち、笑顔をどこかに忘れたまま接客している人もいるのではないでしょうか。

 

もう一度、新人時代の笑顔トレーニングを思い出して鏡で表情を確認し、フレンドリーの法則を自分のものにしてください。

 

「フレンドリー」と「なれなれしい」は紙一重です

フレンドリーはサーヴィスの基本ですが、ひとつ落とし穴があります。

 

それは、「フレンドリーを勘違いして、なれなれしくなってしまう危険」があるという点です。

 

「なれなれしい」を漢字で書くと「狎れ狎れしい」です。この「狎れる」を辞書で引くと、「親しみのあまり、守るべき礼儀を忘れた態度をとる」とあります。

 

守るべき礼儀とはなんでしょう。

 

サーヴィスパーソンでいえば、「主人はあくまでもお客さま」ということです。

 

つまり「どんなに親しくなっても、私はあなたとの上下関係を忘れていません」という態度を示すことです。

 

そのための道具が「敬語」です。

 

ですからフレンドリーの法則では、笑顔とともに、敬語の使い方もポイントになります。

 

たとえば、上司や先輩と一緒に居酒屋で並んでお酒を飲むようなシーンを思い浮かべてください。

 

どんなに気心の知れた上司や先輩であっても、「昨日の商談、どうなった?」とか、「そこの醤油、ちょっと取って」といった言葉は使わないでしょう。

 

同期なら〝ため口〟でかまいませんが、上司や先輩には「昨日の件はどうなりましたか」「すみません、醤油を取ってください」などというでしょう。

 

敬語を使うことで、「私はあなたとの上下関係をわきまえています。あなたのことを尊敬しています」と表現しているのです。

 

私自身、いまでも言葉遣いには気をつけています。

 

大富豪のなかには、「○○さま」ではなく「○○さん」と呼ばれることを好む方もいます。

 

その場合は「○○さん」とお呼びしますが、フレンドリーな呼びかけに引っ張られて、ほかの部分までなれなれしくならないよう余計に注意しています。

 

 

 

 

【第6法則】

裏切りの法則

―ギャップを上手に利用すると、驚きや感動が生まれます

 

 

電車の吊り広告でよく、女性誌の「意外性がある人がモテる」といった見出しや言葉を見かけます。

 

この〝意外性〟がキーワードです。

 

恋愛に限らず、意外性が驚きをもたらすケースはいろいろとあります。

 

たとえば、見るからに不良っぽいヤンキー少年が、駅で困っているおばあさんを手助けしていたとか、いまどきのギャルが、泣いていた子どもに話しかけて笑顔にしたとか……。

 

そんな目撃談が、ちょっといい話としてすぐにネットで話題になります。

 

これが、いかにも爽やかな好青年がおばあさんを助けていたら、そこまでの感動は呼ばないでしょう。

 

じつは、おもてなしにおいても、意外性やギャップをつくると相手を感動させることができます。

 

「この料金なら、料理の内容もこんなものだろう」

 

「こんな小さな会社だから、仕事の出来もこのくらいだろう」

 

という思い込みを、いい意味で裏切るのです。

 

そのいい例が、高級レストランや高級ホテルの支配人です。

 

現場スタッフの制服と違って、支配人クラスになるとたいてい黒いスーツを着用していることが多いです。

 

黒いスーツは一見とっつきにくく、親近感とはほど遠いイメージです。

 

しかしそんなスーツ姿の人がちょっとフレンドリーに接してくれると、それだけでお客さまは驚き、感動します。

 

支配人が黒スーツを身につけているのは、冠婚葬祭の前後に見えるお客さまにも対応でき、しかも突然のVIPの来訪でも失礼がないようにというオフィシャルな理由もありますが、このように意外性を生む効果もあるのです。

 

ですから私も、コンサルタントして飲食業や接客業の方にお話しするときは、

 

「店長だけで構いませんからスーツを着てください」

 

と助言するようにしています。

 

たとえばお客さまのクレームを受けて支配人が出て行ったときでも、対応した人が黒いスーツというだけで、文句をいうはずが「わざわざ来てくれてすみません」と、気持ちが180度変わってしまうこともあるのです。

 

相手の想像を超えたおもてなしをすると、自分の得につながります

具体的なおもてなし方法を考えるうえでも、意外性をつくる発想は有効です。

 

近ごろ若い女性の間で、アメリカのセレブの間から生まれた「グランピング」という宿泊施設が話題になっています。

 

これはアウトドアでのテント滞在でありながら、ホテルのような設備を備え、サーヴィスを受けられるというものです。

 

私たちのお客さまの中にも、自然のなかで過ごしたいという方がいて、以前からグランピングのようなおもてなしをしてきました。

 

大富豪からしたら「アウトドアだからたいしたことはないだろう」と思っていたら、シェフがつくった料理を執事が完璧なマナーでサーブする。

 

これにはおもてなし馴れした大富豪もたいてい感動してくれます。

 

また、大富豪のなかには慈善活動に熱心な人もいて、ときには私もお手伝いをするのですが、そこでも意外性を取り入れます。

 

たとえば児童養護施設でのパーティだったら、当日手が空いているスタッフを集めて会場をきらびやかに飾ったり、シェフにつくってもらった本格的なピザを提供したりといった具合です。

 

大富豪は「当日ちょっと来て手伝ってくれるだろう」くらいに思っているので、こういう裏切りにはたいそう喜んでくれます。

 

お客さまから頼まれてやる仕事ではありませんから、出費は当然、すべて自腹です。

 

しかし不思議なもので、たいていの場合、なんらかのかたちで最終的にはそれ以上の見返りがあるのです。

 

意外性はふだんのおもてなしにも取り入れることができます。

 

出張が多いビジネスマンや、旅行好きの人たちの間で、「あそこは朝食が充実しているよ」という評判を聞くことがよくあります。

 

決して贅をつくした料理が並ぶわけではありません。

 

近所で人気のパン屋の焼き立てパンが食べ放題だとか、地元で獲れた魚をその場で塩焼きにしてくれるとか。これなども、

 

「こんな安い宿なのに、朝からおいしいものを食べられる」

 

という意外性が、高い評価のもととなっているのです。

 

このくらいの意外性なら、それほど手間やコストはかからないと思います。

 

なにより口コミで「あそこは朝食がいい」と評判になれば、それを目当ての新規客やリピーターも増えるでしょう。

 

ヘタに広告を出すよりは、ずっと効果がある方法です。

 

 

 

 

 

【第7法則】

別れ際は山場の法則

―感動のある別れ際の演出で、

記憶に残るおもてなしが完成します

 

 

物語でオープニングとエンディングが大事なように、おもてなしも最初と最後が肝心です。

 

「初対面一割増しの法則」では、初対面の大切さについて書きました。

 

別れるときも感動的な演出が必要です。

たまに飲食店などで、レジで支払いを終えたとたん、「ありがとうございました」の言葉もそこそこに店員が立ち去ってしまい、がっかりすることがあります。

 

店に入るときは手を揉まんばかりにうやうやしく迎えてくれたのに……。

 

あまりの豹変ぶりに、楽しかった食事の時間を返してほしいという気分にさえなります。

 

私の会社では、とくに海外からきた大富豪の見送りには相当気を配ります。

 

担当した執事はもちろん、そのとき手が空いているほかの従業員、料理をつくってくれたシェフや庭の手入れをお願いした庭師まで、大富豪と面識のあるすべての方に声をかけ、できるだけ大勢でお見送りするようにしているのです。

 

大富豪が空港に着いてみると、滞在中に世話してくれたスタッフが大勢集まり、別れを惜しんでくれる光景に大感激します。

 

「また来るときもぜひ新井さんのところにお願いしたい」

 

と、次の仕事につながったこともあります。

 

私はそういう経験を通じ、別れ際は初対面以上に重要ではないかと思うようになりました。

 

初対面は第一印象として大切ですが、たとえそれほどの好印象でなくても、そのあとに挽回することができます。

 

しかし、別れるときのことは長く記憶に残り、おもてなし全体のイメージを決定づけてしまいます。

 

古くからの有名旅館などに行くと、別れ際をとても大切にしていると感じます。

 

以前、伊豆の某有名旅館に家族で宿泊したときのことです。

 

チェックアウトして外に出たら、水洗いしてピカピカに磨き上げた私のクルマが正面玄関に用意されていました。

 

そして、女将さんや仲居さんはもちろん、クルマを回してくれた人、庭の手入れをしていた人まで、全員で深々とお辞儀して見送ってくれたのです。

 

ちょっと気恥ずかしいほど大げさな見送りでしたが、この先も楽しい旅になりそうな予感がしました。

 

同時に「こういう丁寧な接客が、多くの人に愛される理由だな」と思ったものです。

 

旅館に限らず、高級飲食店でも、スタッフが2~3人やってきてお見送りしてくれる店は少なくありません。

 

いつも来てきてくれる常連に対して丁重なお見送りするのは当然としても、初めての客にも同じように対応できるかどうかで、その店のサーヴィスの質がわかるのです。

 

サプライズのあるお土産には、おもてなしの余韻に浸れる効果があります

 

別れ際を演出するもう一つの方法が「お土産」です。

 

お土産というと、招かれた側が持参するものというイメージですが、招いた側がお客さまにちょっとしたお土産を渡すと、別れ際がより印象的になります。

 

ただし、注意点が一つあります。

 

「お土産があることをお客さまに気づかれてはいけない」ということです。

 

自宅であれば別の部屋、お店だったらスタッフにお願いしてレジの裏やクロークに隠しておいてもらい、会計も済んでいよいよ外に出るというところで「今日の記念にどうぞ」と渡すのです。

 

お渡しするのは、あくまでも別れ際というところがポイントです。

 

お客さまはもう帰り支度をしているので、その場で開けるわけにいきません。

 

家に帰る道すがら、お土産の入った袋を見ながら、「きょうはお招きに預かって、しかもお土産までいただいた。

 

なんとサーヴィス精神にあふれた人だ」と感心し、おもてなしの余韻に浸れるのです。

 

間違っても「最初にこれ、忘れるといけないので」などとやってはいけません。

 

もちろん、招かれた側が持参した手土産は、最初に渡すのがマナーですが……。

 

おもてなしの心地よさを長引かせる方法は、「まさか、あそこでお土産までもらえるとは思わなかった」という「裏切りの法則」でもあります。

 

さらにそのお土産が「この前お話しした、うちの近くにある老舗和菓子屋の最中です」などと一言添えられるようなものであれば、「感情的特別感」もアップするでしょう。

 

 

 

7法則をすべてマスターする必要はありません

 

 

長くなりましたが、以上がおもてなしのための7つの法則です。

 

初めての出会いから最後のお別れまで、おもてなしのすべての段階を網羅しています。

 

どれが一番大事とはいえません。

 

どの法則も重なり合い、影響しあって、至高のおもてなしを実現するからです。

 

五感を満足させる演出があるから感情的特別感が高まり、笑顔で「ありがとう」ということで親近感を抱き、「あんな偉そうな人が、別れ際にわざわざ見送りに来てくれた」という意外性が別れの演出になるといった具合です。

 

もちろん出会いから別れまで、すべてを演出しなさいということではありません。

 

いつものおもてなしのやり方を見直して、すべてが平均点をクリアしているかを確認します。

 

どれも平均点以上なら、どこか1~2つをレベルアップするだけで、おもてなしの印象はぐっとよくなります。

 

逆にどれかがまったく欠けていると思ったら、まずはそこを平均点に上げる努力をすると、少なくとも今までお客さまから悪い印象をもたれていた原因が解消するはずです。

 

 

執事が教える 至高のおもてなし―心をつかむ「サーヴィス」の極意

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Category おもてなし・ホスピタリティの哲学 . ブログ 2020.08.23

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