おもてなし ・ ホスピタリティの哲学
しつこいくらいに「なぜ?」と聞きましょう
理不尽な要望にも涼しい顔で応えるのが私たち執事の仕事ですが、それができるのは、お客さまの要望に対し、「なぜ?」としつこいくらいに聞くからです。
聞き込んでいくと、理不尽な要望の先にある「本当の理由」を突き止められます。
「なぜ?」はビジネスの世界では、とても大切なものだと考えられています。
多数の企業がお手本にしている、トヨタ自動車の生産管理の手法「トヨタ生産方式」には、「なぜなぜ分析」という問題解決手法があります。
その概要についてトヨタ自動車元副社長の大野耐一は、著書『トヨタ生産方式』(ダイヤモンド社)のなかで「五回の『なぜ』を自問自答することによって、ものごとの因果関係とか、その裏にひそむ本当の原因を突きとめることができる」と説明しています。
これはサーヴィス業にも応用できる手法です。
その時々によりますが、「ムチャなこというな」と感じたら、「この人はなんでこんなこというのだろう?」と、興味を持って何度でも相手に聞くのです。
すると必ず、理不尽な要望の先にある真の要望が見えてきます。
私は、あるお客さまと、こんなやり取りをしたことがあります。
そのお客さまが伊豆に別荘を建てることになり、工事が着々と進んでいました。
別荘地の前に広がる防砂林を抜ければ、すぐに海に行ける、海水浴には文句なしの立地です。
ところが、ある日突然、そのお客さまは別荘の前の防砂林を指さして、
「新井君、そこの木を切ってくれ」
といいました。私は、これを聞いてとても慌てました。
なぜならその方が切ってほしいというのは、防砂林の中でも保安林と呼ばれるもので、個人の意向で勝手に伐採できないものだったからです。
しかしお客さまは、どんなに説明しても「いや、切ってくれ」の一点張りです。
そのときの私は、執事になって間もなかったこともあり、「金持ちというのは、やはりわがままだな」と苦々しく感じていました。しかし、よくよく考えてみれば、ふだんはそんなムチャを言うお客さまではありません。そこで、「どうして切りたいのですか?」と聞いてみました。すると、
「切れば海が見えるじゃないか。私は海が見える別荘をつくりたいんだ」
という答えが返ってきました。
そういうことなら防砂林を伐採しなくてもお客さまの要望に応えることができます。
別荘を当初予定していた一階建てから二階建てに変更すればいいだけですから。
早速、設計士に問い合わせると、設計変更に対応してもらえることになり、お客さまにも喜んでもらうことができました。
執事業をはじめて間もないころは、理不尽なことをいわれると「なぜこんなムチャクチャなことをいうのか」と驚き、腹立たしく思うこともよくありました。
しかし、防砂林の問題を解決して以来、お客さまに「なぜですか」と、しっかり理由を聞くようになると、どんな要望にも冷静に対応できるようになりました。
カルピスウォーターを2時間で500本用意するようにいわれても、ふぐ料理店でハンバーグをオーダーされても、
「どうしてカルピスウォーター500本なのか。2時間で用意したいのはなぜ?」
「ふぐ料理店なのに、なぜハンバーグを食べたいのか」
と、要望を深掘りしていけば、必ず解決の糸口が見つかる。
そのことに気づいてからは、無理難題がくると、むしろワクワクするようになりました。
理不尽な要望や無理難題に応えることは、私たちのサーヴィスがほかのサーヴィスよりも満足度が高いということをアピールし、執事として存在感を高める絶好のチャンスだからです。
つい最近も、こんな要望が舞い込みました。
私の会社のホームページを見たという人なのですが、「海外旅行に行きたいのだが、旅券とホテルを手配してほしい」というのです。
普通なら旅行代理店に相談するような要望です。
それなのに、どうして執事サーヴィスを要望するのか。
もしかしたら、大変手間がかかる難易度の高い依頼なのかもしれません。
その難題をどう解いて、満足していただくか、いまから楽しみです。
お客さまのニーズの本質をしっかりつかむことは、サーヴィス業の基本です。
そうでなければ適切なおもてなしはできません。
要望だけ聞いていれば確かにムチャクチャなことをいっているように聞こえるかもしれませんが、じつはいっている本人は、その要望をそのまま満たしてほしいわけではありません。
お客さま自身が、自分の要望を上手に伝えられずに、断片的な表現になってしまっているだけなのです。
そこをいかにすくい取り、相手の本当のニーズをつかむか。
それは相手に興味を持ち、「なぜ?」と聞く習慣をつけることによって可能になります。
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Category おもてなし・ホスピタリティの哲学 . ブログ 2020.09.07